歴史 メイン画像

好洋について

人形は単なる玩びものではなく、日本の文化です。 私どもには、この文化を伝えていくというこだわりがあり、 本当に良い人形には技が詰まっています。 さらにさらに良きものを。そんなこだわり心を大切に、 いつまでも飽きない、色褪せない本物を皆様にお届けします。

三代目 清村 好英
経済産業大臣指定伝統的工芸品 名古屋節句飾

伝統工芸士 三代目清村 好英

伝統マーク

先代、好洋に師事し、木彫、胡粉、 着付け、彫金などの技術を継承する。
一般社団法人 日本雛人形協会認定
第一回節句人形工芸士
2022年2月25日
名古屋節句飾伝統工芸士(人形胴体部門)認定

産地組合等が実施する検査に合格した名古屋節句飾は、この伝統マークを使った伝統証紙が貼られています。

好洋の歴史

− 明治40年創業、そして江戸浅草の技を名古屋へ。 −

初代・清村金豊(きんぽう)は、幼少の頃から浅草本所で 人形師の修行を積んでおり、明治40年、今から約100年前に独立。 そして大正初期、その技を名古屋に伝承するために来名。 人形師としてそのまま居を構えました。 明治時代の人形の世界は、江戸時代の技を発展させ、 さらに日清日露戦争の勝利など右肩上がりの風潮も相まってまさに絶頂期。 ことに浅草は江戸時代から人形ゆかりの地で、 現在の浅草橋一丁目が茅町(かやちょう)と呼ばれる昔から、 三月、五月の節句の市が立って賑わったといいます。 「茅町で鎬(しのぎ)を削る節句前かな」など、 人形商戦をよんだ古川柳も残るほどでした。 そんな人形づくりの最高潮の、しかも中心であった浅草の技を継承し、 ひたすら守り続けているのが「好洋」です。